さらば伝統のオレンジバーミリオン・201系(1)

 昭和56年(1981年)、それまで約2年間における試作車からのデータを元に、国鉄201系量産車が製造開始されました。当時の国鉄の慢性的な赤字の中で、居住性の向上や省エネといった部分で通勤電車の革新的な存在であったことは紛れもない事実でしょう。製造途中より、一部の車体構成や設備を簡略化したいわゆる「軽装車」が登場しましたが車両数はそれほど増えず、1,018両を製造して終了しました。

 201系は中央快速線へまず集中的に投入され、同線の101系や103系を完全に置き換えました。同時に、201系の加減速度に合わせたランカーブでダイヤの見直しが行われ、東京〜高尾間を約3分短縮(=快速電車)の実現に貢献しました。201系への統一後も、ATS-Pの設置や前面のサボ枠(→後に電照式ヘッドマーク)の設置、スカートの取り付けなど、小改造が頻繁に行われましたが、逆に無骨さが出て面白みが増したとも思います。

 そんな201系も量産車登場から25年目には、中央快速線でE233系への置き換えが急速に進行し、この度のダイヤ改正(=2008年3月15日)には予備車2本を残して、中央快速線からの完全撤退が完了します。筆者にとって幼少時から今まで見続けてきた「中央快速線=201系」の終焉はもうすぐです。密かに撮り続けてきた201系の勇姿を少しばかりスキャンしてみました。



H45編成(武蔵小金井区常駐)


旧T3編成(→後のT103編成、豊田区常駐)


H23編成とH34編成(武蔵小金井区常駐)


H32編成(武蔵小金井区常駐)


霜取パンタ装備のH25編成(武蔵小金井区常駐)


H19編成(武蔵小金井区常駐)


H15編成(武蔵小金井区常駐)